第12回本公演 「mint・ミント」(劇団さざんかのための新作書き下ろし作品)

昼下がり、犬のミントを連れて散歩をする。これは老人ホームに入居する前からの嘉子の日課だ。お気に入りの散歩コースは近くの公園。どこにでもある小さな公園だが、春になれば桜が咲き、近所の人が花見に訪れる。
 この公園で桜を見るのは何回目だろう？ 満開の桜の下を歩きながら、嘉子は考える。傍らをうれしそうに走っていくミント。そういえば、この子を飼うようになってどのくらいたつんだっけ？
 花見の場所取りをする新人サラリーマン、演劇の練習をする女子高生、英会話教室の主婦たち、そして、迷子の子供を探す女。
今日も様々な人がこの公園を訪れ、去って行く。嘉子はそんな人々をベンチに座って見つめている。この場所で起こったこと、出会った人の顔は、明日になれば忘れてしまうかもしれない。それでも何かが心の中に残る。さわやかな香りのように。
 風に乗った桜の花びらが嘉子の方にとんでくる。顔を上げると、ミントが嬉しそうにしっぽを振って嘉子を見つめている。