奥田の蓮取り行事

更新日:2022年08月02日

県指定無形民俗文化財 奥田の蓮取り行事

縁が濃いピンク色の蓮の花をアップで撮影した写真
池の中の大きな蓮の葉の間を、蓮取り舟に乗って進んでいる修験者と青色の法被を着ている男性達の写真

ときの流れをたどる-民話がいまに生きる

7月7日、七夕の日、市内奥田で、1300年を超える歴史をもつ「蓮取り行事」がおこなわれます。
室町時代から連綿とおこなわれてきた吉野山金峯山寺(きんぷせんじ)における「蓮華会(れんげえ)」の一連の行事であるとともに、役行者の母・刀良売にまつわる「ひとつ目蛙」の伝承に深い関わりをもつ行事で、奈良県の無形民俗文化財に指定されています。
この日、捨篠池では、蓮取り舟に乗って、古式にのっとりおごそかに蓮切りがおこなわれます。その後、善教寺に集まった修験者たちが、勇ましいほら貝の音とともに、福田寺・行者堂から、役行者の母・刀良売(とらめ)の墓に蓮花を献じて供養し、続いて、捨篠池に隣接する弁天神社で、護摩法要が営まれます。
こののち、修験者の一行は、吉野山金峯山寺・蔵王堂までの祠(ほこら)に、道中、蓮花を献じながら、蔵王堂での「蓮華会」「蛙飛び行事」に参加したのち、これらの蓮の花は修験者によって、大峰山頂上までの祠に供えられます。
吉野山の蓮華会に欠くことのできない奥田の蓮は、今日まで地元の皆さんの努力によって大切に守られてきました。
また、役行者没後1300年忌の平成12年には、蓮池公園に民話伝承碑が建立されるなど、捨篠池周辺の整備が進められています。

大きな木桶に入った蓮華の花を修験者が運んでいる写真

福田寺行者堂より
「蓮華」を運ぶ修験者

住宅街の裏手にある大きな灯篭が建つ墓地を、修験者一行が囲んでいる写真

刀良売の墓を詣でている
修験者一行

大きな木桶に入った蓮華の花を担いで、池の遊歩道を練り歩いている修験者一行の写真

蓮池公園(捨篠池)
周辺を練り歩く

修験者が上に向かって矢を放とうとしている写真
煙がモクモク出ている周囲に、修験者とお坊様が並んで立っている護摩供養の様子の写真

大護摩供養

奥田周辺での行事日程(予定)

行事日程一覧
7月7日午前10時 午前11時30分 正午
奥田捨篠池(弁天池)にて蓮取り行事 修験者が善教寺にて集合、福田寺行者堂より刀良売塚へ参拝 弁天神社にて護摩供養

役行者の母、刀良売の物語

上に大和高田の民話伝承碑と書かれた、奥田「捨篠池の一つ目蛙」が描かれた石碑の写真

昔、役小角(行者)の母(刀良売)が、奥田の蓮池で病気を養っているとき、夏のある朝、池の中にまつってある神社に詣でると、白い蓮花が咲いていて、その葉には金色に光った蛙がいました。刀良売は、一本の篠萱を引き抜いて、何気なく蛙に投げつけたところ、それが蛙の目にあたって、目を損じてしまいました。さして、池の中に逃げた蛙は、もとの土色の蛙となって浮いてきました。そして五色の霧も消えてなくなり、一茎二花の蓮も、もとの蓮になってしまいました。それから、この池の蛙は、一つ目であるといわれています。また、この池の蓮は、一本の茎に二個の花をつけた蓮であったので、めでたいとの前兆ではないかとして、朝廷に献じられたこともあったそうです。この異変ののち、この池は捨篠の池と命じられたといいます。

刀良売は、それから病気が重くなり、42歳で亡くなりました。母を亡くした小角は、心に誓って修験道をひらき、吉野山に入って蔵王権現をあがめ、蛙を祀って追善供養をしました。
以来、毎年7月7日は、吉野の山伏が奥田の行者堂にやって来て、香華を献じ、蓮池の蓮を摘み、それを大峰山中の拝所に供える蓮華会がおこなわれます。また、この日、吉野の蔵王堂では、「蛙飛び」行事がおこなわれます。
出典:大和高田市史

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